デジタルな君にアナログな刻を
午後11時 消灯
あの騒ぎでわたしに下敷きにされた店長は、地面に左手をついた際、手首をおかしな方向へ捻ってしまったらしい。袖を捲ってみると、熱を持ち始めていた部分が見る間に腫れ上がってくる。
本部テントで救護要員として待機していた、駅前商店街に軒を連ねる小児科のおじいちゃん先生に応急処置を施してもらい、念のため夜間救急で診てもらった方がいいとの診断を受けた。
「じゃあ、旦那を呼ぶから車で連れて行ってもらいな。もう店は閉めているはずだよ」
心配そうに見守っていた真美子さんは、肉屋と総菜屋、両方の店番を任されていたご主人を携帯で呼び出そうとする。
「え、大丈夫ですよ。これくらい湿布でもしておけば」
「なんだい?救急車を呼んで欲しいの?」
無情にも、ファストフード店で分けてもらった氷で冷やしている店長の左手首を、ぺしっと平手で叩いた。……もちろん、軽くだったはずだけど。
ひっと息を呑んで苦悶の表情を浮かべた店長を、「ほら、ご覧」と呆れ顔で見ると、有無を言わさず電話をかけ始めてしまう。
「すぐに車を回すって」
「そんな面倒を。タクシーで行けるから平気なのに」
「ダメだよ。診断結果を報告してもらわなくちゃいけないからね。もし大変なことになっていても、哲君、ちゃんと言ってくれないだろうし。さあ、大通りまで出て待ってな」
交通規制がかかっているロータリーに一般車両は入れないので、通りまで少し歩かなければいけない。
「せめて、着替えをさせてください!」
眉毛を八の字に下げ懇願する店長の首から下は、まだこうそくクンの衣装のまま。確かにその格好で歩き回るのは、罰ゲームというより拷問に近い。
だけど、がっつり恋のフィルターがかかってしまったわたしの目にはもう、白馬に跨がる王子様にしか見えなくて……というほどではないけど、違和感がなくなってきている。慣れって恐ろしい。
こっそり携帯で写真を撮ろうとしていたところを店長にみつかり、今までに見たことのない怖い顔で怒られた。
「円ちゃんはもう帰りなさい」
可能な限りで素早く着替えを済ませてきた店長が、乱れた髪を右手で掻き上げながら、痛みとは別の理由で眉根を寄せる。
「イヤです。大怪我でないことがわからないと、気になって帰れません。連れて行ってくれないなら、ここで店長が戻ってくるまで待っています」
こんなに腫れてしまっているのだ。なんでもないはずがない。もし骨でも折れていたらどうしよう。
当然のように病院までついていこうとしたわたしは、何度断られても首を横に振り続けた。彼が負った怪我の責任は、確実に上手くあの場を抑えられなかった自分にある。
「ああ、もう!こんな場所で痴話喧嘩はよしてちょうだい。寒いんだから、ほら、さっさと行きなさい。車が着いてしまうよ」
一歩も譲らないわたしに呆れつつ、真美子さんが助け船を出してくれた。店長も、この場にしても店だとしても、夜にひとりで残すわけにはいかないと思ったのか渋々ながらに頷く。
その苦い顔を見て、また子どもっぽいことをしてしまったと思い至ったけれど、いまさら取り下げる気はこれっぽっちも起きなかった。
本部テントで救護要員として待機していた、駅前商店街に軒を連ねる小児科のおじいちゃん先生に応急処置を施してもらい、念のため夜間救急で診てもらった方がいいとの診断を受けた。
「じゃあ、旦那を呼ぶから車で連れて行ってもらいな。もう店は閉めているはずだよ」
心配そうに見守っていた真美子さんは、肉屋と総菜屋、両方の店番を任されていたご主人を携帯で呼び出そうとする。
「え、大丈夫ですよ。これくらい湿布でもしておけば」
「なんだい?救急車を呼んで欲しいの?」
無情にも、ファストフード店で分けてもらった氷で冷やしている店長の左手首を、ぺしっと平手で叩いた。……もちろん、軽くだったはずだけど。
ひっと息を呑んで苦悶の表情を浮かべた店長を、「ほら、ご覧」と呆れ顔で見ると、有無を言わさず電話をかけ始めてしまう。
「すぐに車を回すって」
「そんな面倒を。タクシーで行けるから平気なのに」
「ダメだよ。診断結果を報告してもらわなくちゃいけないからね。もし大変なことになっていても、哲君、ちゃんと言ってくれないだろうし。さあ、大通りまで出て待ってな」
交通規制がかかっているロータリーに一般車両は入れないので、通りまで少し歩かなければいけない。
「せめて、着替えをさせてください!」
眉毛を八の字に下げ懇願する店長の首から下は、まだこうそくクンの衣装のまま。確かにその格好で歩き回るのは、罰ゲームというより拷問に近い。
だけど、がっつり恋のフィルターがかかってしまったわたしの目にはもう、白馬に跨がる王子様にしか見えなくて……というほどではないけど、違和感がなくなってきている。慣れって恐ろしい。
こっそり携帯で写真を撮ろうとしていたところを店長にみつかり、今までに見たことのない怖い顔で怒られた。
「円ちゃんはもう帰りなさい」
可能な限りで素早く着替えを済ませてきた店長が、乱れた髪を右手で掻き上げながら、痛みとは別の理由で眉根を寄せる。
「イヤです。大怪我でないことがわからないと、気になって帰れません。連れて行ってくれないなら、ここで店長が戻ってくるまで待っています」
こんなに腫れてしまっているのだ。なんでもないはずがない。もし骨でも折れていたらどうしよう。
当然のように病院までついていこうとしたわたしは、何度断られても首を横に振り続けた。彼が負った怪我の責任は、確実に上手くあの場を抑えられなかった自分にある。
「ああ、もう!こんな場所で痴話喧嘩はよしてちょうだい。寒いんだから、ほら、さっさと行きなさい。車が着いてしまうよ」
一歩も譲らないわたしに呆れつつ、真美子さんが助け船を出してくれた。店長も、この場にしても店だとしても、夜にひとりで残すわけにはいかないと思ったのか渋々ながらに頷く。
その苦い顔を見て、また子どもっぽいことをしてしまったと思い至ったけれど、いまさら取り下げる気はこれっぽっちも起きなかった。