デジタルな君にアナログな刻を
子どもに絵本を読み聞かせているかのように、ゆっくりと紡がれた言葉に息を呑んだ。まさかと思いつつ反射で引こうとした腰に、包帯を巻かれた左腕が回される。
ぶつかったら痛いよね?そう思うと、力任せに抵抗ができない。
添えられていただけの指先が、さらにわたしの顎を持ち上げる。これって、この体勢って。
見開いた目の瞬きを忘れ、息までも止めてしまったわたしに近づく、目を細めた店長の顔。
ええっと、どうしたらいい?
とりあえずギュッと瞼と口を閉じてしまったわたしの鼻先を、熱い吐息とコーヒーの香りが掠めていった。
「ほら、ね。こんな悪ふざけもできるくらい、なんともないから」
すっと離れていく店長の気配にゆっくりと瞼を開けると、くたっとした店長の微苦笑。
じょう、だん、なの……?
「お願いだから今夜はもう帰って。じゃないと今度は、三月ウサギが悪いオオカミに変身するよ?まあ、三月ウサギのままでも保証はできないけれど」
呆然と立ち尽くすわたしにコートのフードを被せ、ポケットにお札をねじ込んだ。
「乗り場まで一緒に行こうか」
わたしが本当にタクシーに乗るか信じられなかったのか、店長は薄着のままで外へついてこようとしている。それを無言でぶんぶんと頭を振り断った。
「じゃあ。自転車の鍵、置いていって」
真顔で右手を差し出され、そこまで信用がないのかとむっとする。
自分は、あ、あんないい加減なことをしたくせに。
「……ちゃんとタクシーで帰りますっ!」
言葉を投げつけるようにして答えると、バッグを掴んで店を出た。
駅前のタクシー乗り場に向かうには、時計店の前を通らなくてはいけない。もしや窓越しに見張っているかと思って通りすがりに首を回してみたけれど、キャンドルライトが照らす薄暗い店内に店長の姿はなかった。
年末の土曜日のこんな時間なのに、乗り場には客待ちのタクシーが3台も停まっている。実をいえばひとりでタクシーになんて乗ったことがない。やっぱり自転車で帰ろうか。踵を返した瞬間、夜の闇が深くなる。
午後11時。ツリーの電飾が消されたためだった。
急に寒さが増したような気がしてコートのポケットに手を入れると、むき出しの一万円札に手袋の指が触れる。それをポケットの中で握りしめ、もう一度回れ右。退屈そうに待っていたタクシーに乗り込んだ。
ぶつかったら痛いよね?そう思うと、力任せに抵抗ができない。
添えられていただけの指先が、さらにわたしの顎を持ち上げる。これって、この体勢って。
見開いた目の瞬きを忘れ、息までも止めてしまったわたしに近づく、目を細めた店長の顔。
ええっと、どうしたらいい?
とりあえずギュッと瞼と口を閉じてしまったわたしの鼻先を、熱い吐息とコーヒーの香りが掠めていった。
「ほら、ね。こんな悪ふざけもできるくらい、なんともないから」
すっと離れていく店長の気配にゆっくりと瞼を開けると、くたっとした店長の微苦笑。
じょう、だん、なの……?
「お願いだから今夜はもう帰って。じゃないと今度は、三月ウサギが悪いオオカミに変身するよ?まあ、三月ウサギのままでも保証はできないけれど」
呆然と立ち尽くすわたしにコートのフードを被せ、ポケットにお札をねじ込んだ。
「乗り場まで一緒に行こうか」
わたしが本当にタクシーに乗るか信じられなかったのか、店長は薄着のままで外へついてこようとしている。それを無言でぶんぶんと頭を振り断った。
「じゃあ。自転車の鍵、置いていって」
真顔で右手を差し出され、そこまで信用がないのかとむっとする。
自分は、あ、あんないい加減なことをしたくせに。
「……ちゃんとタクシーで帰りますっ!」
言葉を投げつけるようにして答えると、バッグを掴んで店を出た。
駅前のタクシー乗り場に向かうには、時計店の前を通らなくてはいけない。もしや窓越しに見張っているかと思って通りすがりに首を回してみたけれど、キャンドルライトが照らす薄暗い店内に店長の姿はなかった。
年末の土曜日のこんな時間なのに、乗り場には客待ちのタクシーが3台も停まっている。実をいえばひとりでタクシーになんて乗ったことがない。やっぱり自転車で帰ろうか。踵を返した瞬間、夜の闇が深くなる。
午後11時。ツリーの電飾が消されたためだった。
急に寒さが増したような気がしてコートのポケットに手を入れると、むき出しの一万円札に手袋の指が触れる。それをポケットの中で握りしめ、もう一度回れ右。退屈そうに待っていたタクシーに乗り込んだ。