デジタルな君にアナログな刻を
「円も呑む?」

わたしの返事も待たず、続いてコポコポと赤ワインをグラスに注ぐ。再びこたつに入り、飲みかけの自分のグラスを持って「メリークリスマス!」とグラスをぶつけてきた。もしかしたら母は、少し酔っているのかもしれない。

どうせ明日は休みだし、たまには付き合ってあげよう。オシャレとは無縁のグラスを傾けると、深みよりも渋みの方が勝る味が口の中に広がった。これは一本500円程度という値段のせいだけではない。ただ単に、わたしの味覚がお子様なだけだ。

口の中の不快感を消すつもりでケーキを頬張ると、今度は強烈な甘さに襲われる。甘さ控えめのクリームが主流の中、久々に味わう感覚。中和するために上に一粒乗せられた真っ赤なイチゴを食べたいけれど、これは最後までとっておくのがわたしの流儀である。結局、家を分解して味のほとんどしない屋根を口に放り込んだ。

どうやらわたしは、味覚まで大人と子どもの間を行ったり来たりしているらしい。

「お母さんは、わたしの年の頃ってどうだった?」

安いワインを美味しそうに呑む母に、訊いてみたくなった。

「どうって。仕事と子育ての毎日だったけど?」

「あ、そうか。わたしがもう産まれてたんだもんね」

「そうそう。歩き始めちゃうと目が離せないし、どこにでもついて来ようとするから、自分だけの時間なんてほぼなかったわね」

こたつの上にまだ置きっ放しの写真を、当時を思い出すように目を細めて見つめる。わたしは今こんな状況だし、友達にだって、子どもを産んだどころか結婚した人さえいない。

「お母さんは、早くに大人になったんだね」

「ん?子どもを産むと大人になるなら、男は一生なれないじゃない」

けたけたと笑い声を上げ始めた。かなり酔っている?でも楽しそうだからいいか。
そう思う自分も、ちびちびとなめるように呑んでいたワインの味に慣れてきていた。

「円にだって、大人になったなーって思う時もあるよ。この写真を撮った時は『仕事で遅くなる』なんて言われる日が来るなんて想像もできなかったもの」

つん、と写真のわたしを突く。空きかけていたグラスにワインを注いであげると、さらに複雑な笑みを作った。

「こんなふうに、お酒を一緒に呑めるようになるなんてね」

母はわたしからボトルを受け取ると、残っていた分を全部わたしのグラスに注いでしまう。差しつ差されつ、なんて、本当に『大人』みたいだ。
< 84 / 142 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop