デジタルな君にアナログな刻を
「あとは充がねえ」

長いため息を吐き出してから、最後の一杯を大事そうに呑み始める。そういえば、ヤツはまだ帰って来ないのか?

「『夕飯はいらない』なんて、一言送ってきただけよ。まったく、どこでなにをしているんだか」

写真の中の充の頭をぐりぐりと人差し指で押した。

「充はまだまだガキだからね」

自分を棚の高いところへ放り投げて、弟をこき下ろす。いくら受験から解放されたからといっても、もうすぐ1年経つのだ。ぼやぼやしてたら就活なんてすぐに始まる。せめて彼には、わたしのような失敗をしてほしくない。

そんなわたしに、母が達観した笑みを向けた。

「大人と子どもの線引きなんて、あってないようなものでしょう?成人したとか、結婚したとか、それだけじゃ決められない。現に私の友達にも、まだ子育て真っ最中の人もいれば、結婚しないで趣味に仕事に夢中の人もいるけど、たまにみんなで集まれば、一気に学生時代に戻れるもの」

アルコールがまわりいつもに増しておしゃべりになった母は、夏に開催された中学の同窓会のエピソードを面白おかしく話してくれた。その様子は、確かに母を何歳も若返らせているようにも思える。

「しょせん『大人になった』なんて、年齢とか立場とか、ある一部分をみての判断にすぎないのよね。特に男の人なんて、いつまで経っても子どもみたいなものよ。お父さんがいい例でしょう?」

ホテルの会場でバカ騒ぎを繰り広げた男子の話を、母はそう締めくくった。
一瞬で、美味しいと思い始めてきていたワインがまずくなる。残してあったイチゴでごまかそうとしたけれど、酸っぱさが増しただけだった。

結婚して子どもが産まれても『大人』になれなかった父。わたしより多くの時を重ねているはずなのに、自分を『ガキ』だという店長。その彼からも『子ども』扱いされるわたし。

大人になれば、彼の役に立てるのだろうか。

大人になれば、彼と同じ位置に立てるのだろうか。

大人になれば……彼はキスをしてくれるのだろうか。

本当に『大人』の定義がわからない。あと何時間、何分、何秒、時が進めば、わたしは彼に『大人』だと認めてもらえるのだろう。

時計の針はとっくに深夜0時を越えていて。
無意識のうちでも時間は流れていくけれど、その分だけ大人に近づけている気にはちっともなれなかった。
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