デジタルな君にアナログな刻を
鳴っていたのは、カウンターの上に置きっ放しになっていた携帯の方。画面を見た彼は眉間のシワを深めて電話に出る。
「もしもし?はい……。おはようございます」
二言三言、先方と言葉を交わす。もちろん向こう側が言っていることなんてわからない。携帯にかけてくるということは私用なのだろうけれど、つい聞き耳を立ててしまう。
「ええ、それはちゃんと。……はい。明日の朝には、用意できますから。遅くなってすみません。……もちろんです。必ず。なのであの件は白紙に戻してもらえますか。……え?では明日。……はい、失礼します」
店長はいつもより固い声と顔つきで電話を切って、暗くなった画面に向けため息を吹きかけていた。
なんとなく。なんとなくだけど、電話の相手がわかってしまった。
「どうしたんですか?」
そろりと店内に入り声をかけると、彼は打って変わった穏やかな笑顔で応えた。
「なんでもない。それより、今日はやっぱり……。あっ、もう9時半になる!?」
店内のどこに目を向けても時計が目に入ってしまうのは、時計店なのだから当然。店長もその中のどれかひとつで現時刻を確認したのか、慌て始める。
「電車の時間が。円ちゃん、帰るつもりは……なさそうだね」
独り言のような呟きに、わたしは首を横に振った。押し問答をする間も惜しいほど電車の時間が迫っているのか、店長は肩を竦めて降参を示す。
「わかった。今日は円ちゃんに店を任せるからよろしくね。もし困ったことが起きたら……そうだな、上の立河さんに相談すること。途中で僕からも連絡を入れておくから。無理にひとりで問題を解決しようとしないって約束して?」
ひと息に畳みかけられた言い付けにわたしが縦に頷くと、店長は棚からファイルを一冊抜き出した。
「僕はしばらく電池交換が受けられない。もし希望のお客さんが来たら、ここのリストにあるお店を紹介してあげて。どの店のご主人も腕は確かな人ばかりだから。修理は時間がもらえるなら預かってもいいけれど、あとで詳しい状況を聞くことがあるかもしれないから、それの了承と連絡先を必ず伺っておくこと」
矢継ぎ早に告げられた注意事項を頭に叩き込む。左手が治るまで、店長は電池交換を受けられない。一方、メーカーに送るものや修理の仲介なら大丈夫だけど、わたしが聞き取った情報だけでは不足があるかもしれない。そのために念を押したのだろう。でもそれは、いつもと同じ。
「わかりました」
受け取ったファイルを胸に抱いた。それでもまだ不安そうに眉を寄せながら、店長は出口へと向かう。いくら日帰りだといっても、それで行くの?
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
びっくりするほど軽装の彼を見送る。店長は後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながらも、急ぎ足で駅へ向かっていった。
「もしもし?はい……。おはようございます」
二言三言、先方と言葉を交わす。もちろん向こう側が言っていることなんてわからない。携帯にかけてくるということは私用なのだろうけれど、つい聞き耳を立ててしまう。
「ええ、それはちゃんと。……はい。明日の朝には、用意できますから。遅くなってすみません。……もちろんです。必ず。なのであの件は白紙に戻してもらえますか。……え?では明日。……はい、失礼します」
店長はいつもより固い声と顔つきで電話を切って、暗くなった画面に向けため息を吹きかけていた。
なんとなく。なんとなくだけど、電話の相手がわかってしまった。
「どうしたんですか?」
そろりと店内に入り声をかけると、彼は打って変わった穏やかな笑顔で応えた。
「なんでもない。それより、今日はやっぱり……。あっ、もう9時半になる!?」
店内のどこに目を向けても時計が目に入ってしまうのは、時計店なのだから当然。店長もその中のどれかひとつで現時刻を確認したのか、慌て始める。
「電車の時間が。円ちゃん、帰るつもりは……なさそうだね」
独り言のような呟きに、わたしは首を横に振った。押し問答をする間も惜しいほど電車の時間が迫っているのか、店長は肩を竦めて降参を示す。
「わかった。今日は円ちゃんに店を任せるからよろしくね。もし困ったことが起きたら……そうだな、上の立河さんに相談すること。途中で僕からも連絡を入れておくから。無理にひとりで問題を解決しようとしないって約束して?」
ひと息に畳みかけられた言い付けにわたしが縦に頷くと、店長は棚からファイルを一冊抜き出した。
「僕はしばらく電池交換が受けられない。もし希望のお客さんが来たら、ここのリストにあるお店を紹介してあげて。どの店のご主人も腕は確かな人ばかりだから。修理は時間がもらえるなら預かってもいいけれど、あとで詳しい状況を聞くことがあるかもしれないから、それの了承と連絡先を必ず伺っておくこと」
矢継ぎ早に告げられた注意事項を頭に叩き込む。左手が治るまで、店長は電池交換を受けられない。一方、メーカーに送るものや修理の仲介なら大丈夫だけど、わたしが聞き取った情報だけでは不足があるかもしれない。そのために念を押したのだろう。でもそれは、いつもと同じ。
「わかりました」
受け取ったファイルを胸に抱いた。それでもまだ不安そうに眉を寄せながら、店長は出口へと向かう。いくら日帰りだといっても、それで行くの?
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
びっくりするほど軽装の彼を見送る。店長は後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながらも、急ぎ足で駅へ向かっていった。