デジタルな君にアナログな刻を
自動ドアが開く音で顔を上げる。

「いらっしゃいませ。あ、会長さん」

本日最初の来訪者は、商店街組合の会長だった。

「おはよう。この前はお疲れさん。哲君の具合はどうかい?」

店の奥を覗き込むようにして、短くて太い首を伸ばす。だけど、もちろん店長の姿はない。

「おはようございます。すみません、店長は今日、一日留守にしているんです」

「へえ、珍しいね。これ、見舞い代わりに持ってきたんだけど、渡しておいてくれや」

どん、と風呂敷に包まれた一升瓶をソファセットのローテーブルの上に置いた。お見舞いに日本酒ってあり?首をひねりつつ、お礼を言い受け取る。

「で、手の具合は少しは良くなったのかい?」

「本人はそう言っていましたけど、わたしもあまりよくは分らなくて」

「日、月も、出て来なくていいって言ったのに、片付けを手伝ってたからなあ。顕正(あきまさ)さんに似て義理堅いというか、生真面目というか。これも血筋かねえ」

「顕正さん?」

聞き慣れない名前に首を傾げると、会長さんは店長のお祖父さんのことだと教えてくれた。駅周辺の発展に尽力した人物で、会長さんもいろいろお世話になったらしい。

「あの人がいなかったら、この辺りもこんなに人が集まらなかっただろうなあ」

昔を懐かしむようにしみじみと語る。

「そんなにスゴい人だったんですか?」

美味しい柿をくれたちょっと怖い顔のおじいさんに、時計屋以外の一面があったことを初めて知った。驚いてみせると、会長さんは自分のことのように軽く胸を反らす。

「そりゃあ、そうよ。円ちゃんも知ってんだろう?大昔、松山台にあったし……」

得意げに話を始めた会長さんの声に、店の電話の音が被ってしまう。

「ちょっと失礼します」

慌ててカウンターに戻り受話器を取る。

「いつもありがとうございます。薗部時計店でございます」

習慣で電話に向かってお辞儀をしながら、常套句がごく自然に口から出ていた。自動ドアの音に頭を上げると、片手をあげた会長さんが声に出さず「じゃあ、また」と口だけ動かして帰って行く。それにも頭を下げて、受けた電話に集中した。


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