デジタルな君にアナログな刻を
『……もしもし、円ちゃん?』

わたしの耳は勝手に、電話の向こうでしている背後の雑音を消し去り、店長の声だけを器用に拾う。どきりと跳ねた胸の音を隠し、平常心を装った。

「どうしたんですか?」

『ちょっと忘れもの』

なんだろう?カウンターの周囲を見回したけれど、それらしいものは見当たらない。

『遠藤さんの時計のこと。ごめん、うっかりしてた。もしかしてもう、受け取りに来た?』

「ああ。金庫で見つけました。まだいらしてませんけど……」

いつ来店されてもいいようにしまっておいた時計を、引き出しを開けて確認した。うん、ちゃんと動いている。

『昨日のうちに知り合いの時計屋に頼んで電池交換してもらってあるから、それを渡してもらえる?料金はそのままで構わない』

まさかただでやってもらえたわけではないだろうから、ウチの儲けはなくなってしまうだろうけど、今回は仕方がない。

「わかりました。他にはなにかありますか?」

一分一秒でも長く話していたい、なんて乙女心は伝わらないだろうな。

『特には。そっちは?困ったことはない?』

まだ営業が始まったばかりだというのに、心配されてしまう。

「まったく問題ありませんっ!」

むきになって答えると、受話器越しに微かな笑い声が聞こえた。

『……円ちゃんがいてくれて良かった。お土産はなにが良いかな。円ちゃんは、なにが欲しい?』

発車の音楽が、彼の声の邪魔をする。わたしの、欲しいものは……。

「こ、神戸牛」

『ごめん、新幹線が発車するから』

咄嗟に出た間抜けすぎるわたしの返事と店長の声が重なり、通話が途切れた。静かに受話器を置きながら、ため息を吐き出す。
金策に行っているのかもしれない店長に、なにを頼んでいるのだか。ここは「お土産なんか要りません。早く帰ってきて」としおらしく言うべきだろうに。

軽く自己嫌悪に陥りながら一升瓶を事務室に引っ込め、作業を再開した。
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