デジタルな君にアナログな刻を
午後7時6分。母がいる家は明るく暖かく出迎えてくれる。
「おかえりなさい。すぐご飯にするね」
年末特番が始まったテレビを観ていた母がこたつから立ち上がったので、わたしもそれを手伝った。
さっそくお正月準備の買い出しに行ってきたのか、あまり大きくはない冷蔵庫の中はぎゅうぎゅう詰め。すべてじゃないけれど、母はがんばっておせちを手作りしてくれる。
子どもの頃は見た目だけで箸もつけなかった黒豆や田作りが、今は好物。ちなみに栗きんとんの一位は不動である。
「明日からぼちぼち始めようと思って。円も休みに入ったら手伝ってね」
「いいけど、大掃除は?」
「充にやらせればいいのよ」
むっと母が顔をしかめた。結局、翌日のお昼過ぎまで帰ってこなかったクリスマスイブの日以来、ご機嫌斜めが続いている。
「そういえば、今日もまだなんだ。ファミレスのバイトかな」
「さあ。……デートなんじゃないの?」
「あ、やっぱりそうなんだ」
本人は大学の『友達』とパーティーをしていて終電を逃したなんて苦しい言い訳をしていたけれど、19歳の男子がイブの夜にお泊まりとなれば、普通はそこへ考えが辿り着く。最近、妙に色気づいてきているし。
そんなわたしの納得にも、母は渋い顔をする。
まさか、息子をとられて寂しいとかいうわけじゃないよね?
お味噌汁の最後の一口を飲み干しながら窺い見ると、彼女は食後のお茶が入った湯飲みを静かにテーブルに置いた。
「……無責任なことをしていないといいのだけど。こういう時ばっかりは、父親の存在が必要だったのかなって思っちゃうな」
充がいつも座っている空の席に向けてため息を吐く。いつになく弱気な母に、わたしが呆れた視線を向けた。
「責任感が皆無だった人に例えなにを言われたって、説得力なんかないよ。それより、お母さんがガツンと言った方が絶対に充には効く」
「そうかなあ」
自信がなさそうに苦笑いを浮かべるけれど、母が本気で怒ると怖いのは実体験でわかっているから保証できる。
「いまさらだけど。なんであんな無責任の代表みたいな人と結婚なんかしちゃったの?」
指先を温めるように湯飲みを両手で包んでお茶を飲んでいた母が、ゲホゲホとむせた。
「今、それを聞く?」
むしろ、この流れだからでしょう?自分のお茶を注いで拝聴する体勢を整えると、母は困っているのか照れているのか、微妙な表情になって小さく肩を竦めた。
「笑わないでね。好きだったのよ、あの人がファインダーを覗いてる姿とか、愛おしそうにカメラを磨いているところを見ているのが」
視線を落とした湯飲みの中の緑色の小さな水面に、店長が懐中時計の音を聴いている姿が映った気がして、瞬きでそれを打ち消す。
「おかえりなさい。すぐご飯にするね」
年末特番が始まったテレビを観ていた母がこたつから立ち上がったので、わたしもそれを手伝った。
さっそくお正月準備の買い出しに行ってきたのか、あまり大きくはない冷蔵庫の中はぎゅうぎゅう詰め。すべてじゃないけれど、母はがんばっておせちを手作りしてくれる。
子どもの頃は見た目だけで箸もつけなかった黒豆や田作りが、今は好物。ちなみに栗きんとんの一位は不動である。
「明日からぼちぼち始めようと思って。円も休みに入ったら手伝ってね」
「いいけど、大掃除は?」
「充にやらせればいいのよ」
むっと母が顔をしかめた。結局、翌日のお昼過ぎまで帰ってこなかったクリスマスイブの日以来、ご機嫌斜めが続いている。
「そういえば、今日もまだなんだ。ファミレスのバイトかな」
「さあ。……デートなんじゃないの?」
「あ、やっぱりそうなんだ」
本人は大学の『友達』とパーティーをしていて終電を逃したなんて苦しい言い訳をしていたけれど、19歳の男子がイブの夜にお泊まりとなれば、普通はそこへ考えが辿り着く。最近、妙に色気づいてきているし。
そんなわたしの納得にも、母は渋い顔をする。
まさか、息子をとられて寂しいとかいうわけじゃないよね?
お味噌汁の最後の一口を飲み干しながら窺い見ると、彼女は食後のお茶が入った湯飲みを静かにテーブルに置いた。
「……無責任なことをしていないといいのだけど。こういう時ばっかりは、父親の存在が必要だったのかなって思っちゃうな」
充がいつも座っている空の席に向けてため息を吐く。いつになく弱気な母に、わたしが呆れた視線を向けた。
「責任感が皆無だった人に例えなにを言われたって、説得力なんかないよ。それより、お母さんがガツンと言った方が絶対に充には効く」
「そうかなあ」
自信がなさそうに苦笑いを浮かべるけれど、母が本気で怒ると怖いのは実体験でわかっているから保証できる。
「いまさらだけど。なんであんな無責任の代表みたいな人と結婚なんかしちゃったの?」
指先を温めるように湯飲みを両手で包んでお茶を飲んでいた母が、ゲホゲホとむせた。
「今、それを聞く?」
むしろ、この流れだからでしょう?自分のお茶を注いで拝聴する体勢を整えると、母は困っているのか照れているのか、微妙な表情になって小さく肩を竦めた。
「笑わないでね。好きだったのよ、あの人がファインダーを覗いてる姿とか、愛おしそうにカメラを磨いているところを見ているのが」
視線を落とした湯飲みの中の緑色の小さな水面に、店長が懐中時計の音を聴いている姿が映った気がして、瞬きでそれを打ち消す。