愛し君に花の名を捧ぐ
◇ ◇ ◇

 リーリュアは寝台の隅で掛布を頭から被って膝を抱えていた。

 真っ暗な空を割る光。腹の底に響く音。目と耳を塞いでも瞼の裏には閃光が走り、耳の奥には雷鳴が届く。
 結局まだ修繕がされない天井から、ぴちゃんぴちゃんと定期的に落ちてくる、雨漏りの雫がたてる音も不気味だ。ほかの房はもっと酷い状態らしい。

「西姫様」

「は、はいっ!?」

 突然かけられた颯璉の声に、声が裏返り心臓が跳ねた。

「あ、お待ちくださいませ! 陛下」

「……陛下?」

 そんなはずはない。リーリュアはかき合わせた掛布の間から、薄暗い室内に目を向けた。

「西姫。どこにいる、西姫」

「苑輝、様? どうして」

 声でリーリュアの居場所をみつけた苑輝が大股で寄ってくる。

「無事なのだな」

「はい。あの、でも、どうしてこちらへ?」

 剛燕たちが訪れてからというもの、数回苑輝は思悠宮にやってきていた。だがそれも、颯璉に釘を刺されたのかきちんと先触れがあり、公務の手が空いた昼間ばかり。
 体調に変わりがないかを確かめると、茶の一杯も飲まずすぐに帰ってしまうのだが、それでもリーリュアは顔が見られるだけで嬉しかった。

 しかし日が落ちてからの訪《おとな》いは、見舞いのとき以来だ。 

「この宮の近くに落雷があったと報告があり来てみたのだ。杉の木に落ちたらしいが、すでに火は消えていた」

「そういえば、少し前にすごく大きな音がしていました。それで、わざわざこちらにもお寄りいただいたのですか」

 肩に掛布をかけたまま寝台の上を膝で移動し、苑輝ににじり寄ってみれば、どこか印象が違う。いつもはまとめられて冠をつけている黒髪が、肩に流れているせいだと気づいた。

「そなたは、なぜそんな格好をしている?」

「それは……」

 不思議そうに見下ろされ言葉に詰まる。いい年をして雷が怖かったから、などといったら余計に子ども扱いされてしまいそうだ。

 いまさらながら作法通り挨拶をしようと、掛布を落として寝台から下り、苑輝の前に立つ。手を重ね膝を折ったとき、またしても特大の雷鳴が轟く。

「いやっ!」

 たまらずリーリュアは両耳を押さえ、苑輝の胸に飛び込んでいた。

「西姫はもしや、雷が怖いのか?」

 耳を塞ぐ手が掴まれ、再び音が鮮明になる。まだ鳴り続ける雷に、リーリュアは苑輝の胸の中で身体を硬くした。
< 56 / 86 >

この作品をシェア

pagetop