伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
敷地から出ることを許されていないドロシアは、それほど行く場所を知らない。
結局、屋敷から一番離れられるのは森で、クローバーの芝生しか逃げ場所はなかった。
「なーん」
そこにはまるで墓守のように、黒猫のアールがいる。
「アール。……私」
ドロシアからは涙が零れ落ちる。
「なーん?」
普段あまり近づいてこない黒猫が、近付いてきて心配そうに見上げてくる。
「どうしたらいいの、私」
理屈ではわかる。
百年もの長い間、必死にこの場所を守り続けてきたのだ。この先を思って世継ぎを残したいという思いは、彼の優しさから生まれたものだ。
思えば、割り切った妻を求めていたのもそういうことだったんだろう。
当初、帰るように言い続けていたのも、ドロシアが打算的なことに向いていない娘だからだ。
「あの時、帰ればよかったのかしら」
でももう遅い。
ドロシアは彼に恋して、彼の子を欲しいと願ってしまったのだから。
さめざめ泣いているドロシアを、アールがなだめるように鳴き続ける。その声がふと途絶えて、不思議に思って顔を上げると、いつの間にかアールに並んでオーガストがそこにいた。
「……オーガスト様」
「ごめんよ、ドロシア」
いいえ、というのも違う気がして、ドロシアは何も言えずに、濡れた瞳でオーガストを見つめた。