伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「ドロシア」
座り込んだまま、名前を呼ばれて顔を上げると、オーガストの唇とぶつかった。
今回の猫化で、ドロシアとは一定の距離を取り続けていたオーガストが、初めて自ら近づいてキスをくれたのだ。
「僕は君を愛しているよ」
「……オーガスト様」
「だから君を泣かせたくはない。チェスターとの子作りのことは忘れてくれ。そして……」
続くかすれた声で告げられた言葉は、ドロシアから音を奪った。頭の中が真っ白になり、目の前のオーガストがかすんで見える。
瞬きをして震える声を絞り出すようにして、「も、もう一度言ってください」と言った。
二度目は、オーガストも迷わなかった。先ほどよりもはっきりと口を開く。
「離婚しよう、ドロシア。君を傷つけずにすむ方法が僕にはこれしか思いつかない」
「いや、……だって、どうするんですか。お世継ぎのことは」
「新しく妻をもらう。……お金で解決してくれる令嬢もいないわけじゃないんだよ」
「オーガスト様はもう猫なのに。新しい奥方にどう説明するんですか!」
「そこは交渉次第だよ。恋人と身分差で結婚できないという人もいるだろうし。その恋人との子でもいいんだ。僕の世継ぎだとさえ証明できればいいんだから。髪の色さえ何とかなれば、大抵のことはごまかせる」
「でも、もう国王様にご挨拶にも行けないし。なにより……」
そんな人が、この屋敷を守ってくれるだろうか。
猫化の秘密も、魔女の秘密も、利用しようと思えばいくらでもできるものだ。
そんな結婚に応じるくらいなら、交換条件としてすべての財産を使いこんでしまいそうな気もする。