伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「まて、デイモン」
「今のあなたに止める権利などないでしょう?」
デイモンの冷たい瞳に、オーガストは怯んだ。
「そもそも、あなたが言ったんだ。クラリスの暮らしを守るために、今までの常識はすべて、捨ててほしいと。私はそれを実行しているだけです」
「たしかに言った。だが、僕はドロシアを幸せにすると誓ったんだ」
「……辛いのは今だけですよ。言ったでしょう、暗示をかけると。とりあえずは、チェスターが恋人だという暗示をかけますが、最終的には身ごもった子をあなたとの子だという暗示をかけます。そうすれば彼女は幸せになれるでしょう。たとえ、あなたが人間に戻らなかったとしてもね」
「なっ」
「それが、一番、ドロシア様にもダメージが少ないでしょう?」
オーガストは言葉を無くした。
デイモンの主張が正しいとは思えないが、かといってドロシアのことを傷つけたくもないというのが分かったからだ。
(暗示。……暗示は嫌)
薄れていく意識の中で、ドロシアは恐怖にとらわれていた。
ビアンカのように、自分の意思とは無関係で記憶をいじられるなど嫌だ。
一度でも手を加えられてしまったら、この思いが本当のものなのか、分からなくなってしまう。
力は入らなかったが、ドロシアは必死にオーガストに向かって手を伸ばした。
「……スト、さま、……しは、あなたが」
あなたが好きなんです。あなたとの子が欲しいんです。この気持ち、忘れたくないのに……。
ドロシアの手から力が抜け、だらりと垂れ下がる。
デイモンは口元を緩め、オーガストを振り返りもせずに歩いて行った。