伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
食事を終えた頃、チェスターが膳を下げにやってくる。
「今日はこの後どうされますか? 森を散歩でもしましょうか」
「ええ。そうね」
「では後程お迎えに上がりますね」
チェスターが微笑んでくれるとホッとする。ドロシアは彼の腕にぎゅっとしがみついた。
「どうなさいました?」
「なんか、不安なの。何がって言われると分からないんだけど。ずっと胸がざわざわするわ」
「お倒れになったばかりですからね。今日はお部屋で休まれますか?」
「いいえ。散歩には行きたい。一階で待っているわ。早く片付けてきてね」
部屋から出ると、使用人たちが床を磨いたりと働いていた。
「いつもご苦労さま」
ドロシアは声をかけながら廊下を行く。そして、夫の執務室の前でふと立ち止まった。
最初に会ったきりだからというのもあるけれど、夫の顔が思い出せないというのは不思議な感覚だ。
髪が茶色かった覚えはあるけど、それだけだ。
「どうなさいました?」
「いえ。……何でもないわ」
使用人に声をかけられ、我に返って歩き出す。
夫の執務室には入らないように言われているのだ。
(でも、夫がいるのに恋人って……なんか変じゃない?)
ふと沸き上がるのはそんな疑問だ。そんなこともうとっくに割り切ったはずだったのに、改めて考えると不思議な気分になる。
(お父様のこと、お母様の死ですっかり弱ってしまった情けない人だと思っていたけれど、でも一途なところはとても素敵だと思っていたはずなのにな)