伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
恋人なのに。ドロシアの記憶では、これ以上のことも彼とは何度でもしているはずだ。
でも何かが違う。もっと物理的にくすぐったいと思ったことがあったはずだ。よく、髪の毛のような何かが頬をくすぐった記憶がある。
「ん、……ふっ」
記憶をたどる糸を掴んだ気がしたのに、チェスターのキスが、徐々に舌を絡めるものへと変わり、手がかりを見失ってしまった。
手を重ねられ身動きが取れない。深いキスは、思考のすべてを絡みとってしまいそうだった。
(……でも)
こんなキスをしたことがある。誰かと、とても悲しい気分で。
離れたくないと切実に思いながら、“誰か”のキスに溺れたことがある。
唇が離され、呼吸を忘れていたドロシアは、はあっと息を吸い込んだ。そのまま薄目を開けたとき、ドロシアにはとび色の目をした男性が見えた。
「えっ……」
しかしそれはドロシアの中の幻に過ぎなかった。瞬きをした瞬間、目の前の人物はチェスターに変わる。
「いやっ」
違う、と反射的に思って、ドロシアは思わず、チェスターを突き飛ばしてしまった。
彼は驚いた顔でドロシアをみつめている。
「ごめんなさい。あの。……その」
「いえ。すみません。こっちこそ」
チェスターは俯いて唇を腕で拭った。ふたりの間を沈黙が襲う。ドロシアは自分の態度を反省しておどおどとしていたが、チェスターのほうは唇をゆがめて目を両手で押さえた。