伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます

一心に目をつぶって祈るドロシアの前に小さな影がかかった。
目を開けると、猫のオーガストが姿勢を正してそこにいる。


「ドロシア」

「はい?」

「できれば人間の時に言いたかったんだけどね」

「……何をですか?」


ドロシアは首をかしげて彼を見つめる。妙な緊張感を伴う沈黙の後、オーガストが思い切ってというように一気に口を動かす。


「改めて、僕と結婚してほしい」


くるん、と曲がる尻尾。照れたように泳ぐとび色の瞳。人間じゃない彼に言われたというのに、ドロシアの胸はときめいた。すぐさま返事をしようとして、ちょっとばかり謙遜する気分になって言った。


「私、赤毛だし、そんなに綺麗じゃありませんよ?」

「君はなんでそんなに赤毛を気にするんだい。目立つし綺麗じゃないか。その赤毛のおかげで、僕は君が昔会った小さな女の子だと気づけたのに。僕は好きだよ。その赤い髪も、君の勇気ある性格も、家族を想う優しさもね」

「わー、待って待って。慣れないから褒められると恥ずかしいです」

「でも本当のことだ」


オーガストはドロシアに近づくと、彼女の赤毛を甘噛みし、軽く引っ張る。


「ほら、日に透けるとこんなに綺麗だ」


日に焼けたような髪が、好きではなかった。でも、オーガストが綺麗だと言ってくれるなら、この髪が好きになれそうだ。

「……嬉しいです」

「うん。でもね、ドロシア、肝心のプロポーズの返事を僕はきいていないよ?」

「私の答えはもちろん『はい』です」
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