遠い昔からの物語
「あんたが、間宮のエンゲか」
声がしたので顔を上げた。
向かいの部屋の前に、白いランニングシャツにズボンをはいたスラリと背の高い男が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。
「駄目よ。突然話しかけたりしたら、この娘さんびっくりしてるじゃないの」
男の後ろから、白いブラウスにスカート姿の女が顔を出した。
「なんや、おまえ、突然気取った物言いして。先刻まで方言やったのに」
男が鼻白むと、
「わたくしの出た女学校では、人前で方言は使わないようにと教えられましてよ。大体、間宮中尉もそうじゃありませんか。あなただけですわよ、所構わず方言を使うのは」
女が彼を軽くいなして、
「エンゲって、婚約者のことですのよ。英語のengageから来てるんだと思うけれど、海軍ではそういうのよ」
と、廣子に説明してくれた。
目鼻立ちのはっきりした美人だ。歳は姉と同じくらいだろうか。
「これからお風呂かしら。わたくしもよ。ここの温泉、いいお湯よ。案内して差し上げるわ。一緒に参りましょう」
彼女は風呂の用意を抱えていた。
「ほんならおれは、あいつをおちょくりに行ったろ」
彼の方は、わたしが今出てきた襖を豪快に開けて、中へ入って行った。