強引専務の身代わりフィアンセ
「俺も少し疲れたんだ。抜け出す理由になってくれないか?」

 ぽつり、と漏らされた本音に私はきょとんとした。そういえば今の彼は、心なしかどこか眠たそうな感じもする。こんな場で、あまりにも素を見せられた気がして、私は自然と目を細めた。

「明日、ホテルの朝食ブッフェに付き合ってくれるなら、考えてあげてもいいですよ」

「……起きられたら」

 意地悪く提案した私に、彼は自信がなさそうに答えた。そのことに、ますます笑みが零れる。

「なら、ひとりで行ってきますけど」

「わかった、善処する」

 降参した、とでもいうかのように告げて、彼は私の額に自分のを合わせてきた。今、演技でもなんでもなく、飾らずに彼の婚約者ができていると思う。そのことがくすぐったくて、嬉しい。

 案の定、この場を去ろうとする彼に、何人かが声をかけてきたが「婚約者が、あまり体調が優れないみたいなので」と私を言い訳にして切り抜けていた。

 彼はともかく、場慣れしていない私を気遣って、労りの言葉をかけられたりもする。

 彼が最初に言っていた通り、やはりこういう場にひとりで来るとなかなか大変のようだ。言い訳に使われるためだけでもいい。少しでも彼の役に立てたのなら。

 そうやって部屋に戻った私たちは、昨日と同じように軽くルームサービスを頼むことにした。私も全然食べられなかったし。

 あの場では緊張して、なにも喉が通らない状況だったので、彼の提案は私にとっても有難いものだった。
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