強引専務の身代わりフィアンセ
『どうしたの?』

「いえ、なんでもありません。すみません」

 私は静かに返した。なにを聞こうとしているのか。仕事以外のことで、そうではなくても本人のいないところで詮索するような真似は失礼だ。

 重い沈黙が一瞬流れ、それを破ったのは桐生さんの明るい声だった。

『そうそう。さっき一樹くんに言い忘れたんだけど、美和ちゃん、伝言頼める?“明日、十五時にロビー横のカフェテラスで”って伝えておいて欲しいんだ』

「わかりました。桐生さん、明日こちらにいらっしゃるんですか?」

『うん、まぁ。あまり時間は取らせないけど、ちょっと顔だけ出そうと思って』

「そうなんですか。はい、ちゃんと伝えておきます」

 しっかり頭に刻んで、復唱したところで、急に神妙な声が聞こえてきた。

『あのさ、美和ちゃん、ごめんね』

「どうして桐生さんが謝るんですか?」

 思わぬ謝罪に尋ね返すと、桐生さんはどこか歯切れ悪そうに答えてくれた。

『いや、実は今回の依頼はさ、俺が一樹くんに勧めたのもあったから。美和ちゃんには大変な思いをさせたんじゃないか、って』

「そんなことありませんよ!」

 慌てて私は否定する。どうやら、美弥さんの代わりを用意するのを勧めたのは、桐生さんだったらしい。だからって謝られるようなことは、なにもない。

『まぁ、あとは一樹くん次第だと思うんだけどね』

「え?」

『ううん、こっちの話だよ。じゃぁ、伝言よろしく』

「はい。ちゃんと伝えておきますね」

 話をまとめると、桐生さんは電話を切ってしまったので、私は忘れないように、伝言をメモした。そして、先に寝室に行くことにする。
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