強引専務の身代わりフィアンセ
「律儀というか、今まで迷惑をかけたから、と言って、わざわざ報告に来てくれたんだ。ちなみに美和への土産を預かっている」

「あ、ありがとうございます。あの、一樹さんは傷ついてませんか?」

 念のため窺うように尋ねると、一樹さんは軽く首を傾げた。

「なぜ、傷つく必要がある? むしろ、これでよかったよ。美和とのことも全部本当にできるから」

 そうですね、と同意しそうになって、思わず彼を二度見した。すると一樹さんは軽く息を吐いてからおもむろに立ち上がり、テーブルをあとにする。

 彼がなにかを手にして戻ってくるまで、私はただ彼の姿を目で追うことしかできなかった。

「それ」

 一樹さんが手にしていたのは、婚約指輪の入ったケースだった。アクセサリーは服に合わせて日々違うものを選んでもらっていたので、その都度返していたが、婚約指輪は基本的にずっとつけていた。

 ただ、すべての日程が終了し、昨日部屋に戻ったときに、ほかのものと合わせて返したのだ。彼は静かにテーブルの傍らに立った。

「仕事で、とはいえ美和をイメージして用意したんだ。ふたりで会ったとき、うちのをつけてくれてただろ? 俺に気を遣ったのかもしれないけど、正直嬉しかった」

 かすかに笑みを浮かべた一樹さんだったが、すぐのその表情はどこかやるせなさそうになる。

「けれど、フリとはいえ婚約者なのに、指輪をはめさせてもらうことさえ、あからさまに拒否されるし」

「あ、あれはっ」

 私は、すぐさま否定しようと声をあげた。そして勢いよく立ち上がると、一樹さんの正面に立つ。でも、先に言葉を発したのは彼の方だった。ゆっくりと左手が取られる。

「今度はもうはずさせない。期限もなしだ。美和のこれからの時間を俺に預けて欲しい」

「……はい、喜んで」

 微笑んで答えると、左手の薬指に再び指輪がはめられた。それを改めて見つめる。ずっとつけていたけど、今が一番しっくりくる気がする。もしかして彼に、はめてもらったからかもしれない。
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