強引専務の身代わりフィアンセ
「さぁさぁ美和ちゃん。なにを食べる? あ、苦手なものとかある?」

 場に似つかわしくないハイテンションで桐生さんが声をかけてくれる。濃紺のスーツに細めのネクタイをびしっと決めて、細いフレームの眼鏡は彼によく似合っていた。

「とくに、ないですけど」

 緊張のあまり、私は膝で握り拳をふたつ作って身を縮めながら答えた。桐生さんは口角を上げっぱなしで楽しそうにしている。猫みたいな人だ。

「そんな緊張しなくてもいいよ。個室なんだし楽にして」

「なんでお前が仕切ってるんだ」

 桐生さんとは対照的な苦々しい専務の低い声が間に入った。

「だって一樹くんだけだと、絶対に話が進まないと思って。ほら、一樹くんがずっと怖い顔をしてるから美和ちゃん委縮しきってるよ」

 そこで専務の視線が私に向いたので、慌てて首を横に振った。

「いえ、あの、違います!……すみません、こういう場所に慣れていないもので」

 言葉尻を弱くしながら私は答えた。私と専務と桐生さんの三人は、今雑誌やテレビで話題の新しくできた高級フレンチレストランに来ている。正確に言うと、私は連れて来られたんだけど。

 たしかに「何回か打ち合わせをしたい」とお願いしたのはこちら側だ。だからって、どうしてこんなところに。

 しかも、ここって半年先まで予約が埋まっているって聞いていたので、目の前の男性ふたりが、自分とは住む世界が違うのだとありありと実感させられる。丸テーブルに座って私の右側に桐生さん、左側に専務という並びだ。
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