元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
「お嬢さん、今のうちにお逃げなさい」
「あ、ありがとう。あなたは……」
「いいから、急いで」
涙目になっていた女性は、私が指示した通りに、控えていた侍従と共に逃げるように走り去っていく。その姿を最後まで見送る余裕はなかった。
「貴様、何をする! この私をピコスルファート公爵と知っての狼藉か!」
首元のスカーフまで濡れてびちゃびちゃになった痴漢侯爵が顔を真っ赤にして怒鳴る。何事かと、周りの視線が集中し始めていた。
「あなたが誰かはどうでもいい。その大層な名に恥じない行いをすることだ」
「なんだと」
「自分の立場を利用し、逆らえない婦女子を辱めるなど、言語道断。顔を洗って出直すがいい」
「この……!」
言葉で言い返すことができなかったのか、痴漢侯爵がその手を振り上げた。
いいだろう。それが振り下ろされる瞬間、股間に膝蹴りをお見舞いしてやる。
そんな思案を巡らせていると、その手が振り下ろされる前にピタリと止まった。
「あっ!」
思わず声が出る。手から焦点を外すと、痴漢侯爵の後ろにある男性が立っているのを見つけたから。彼は痴漢侯爵の手首を握っていた。