元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する
そう、彼は先ほど元帥に昇進したばかりの人物。黒髪のレオンハルト・ヴェルナー。彼は獅子のようなアンバーの瞳で痴漢侯爵を見下ろしていた。
「婦女子に手を挙げるとは何事です」
「くっ、離せ! この子供に礼儀を教えてやるだけだ」
よほど地位の高い貴族なのか、海軍トップとなったヴェルナー氏に牙をむいて抵抗する痴漢公爵。
するとヴェルナー氏は小さく舌打ちをして、公爵の耳元に顔を寄せた。好奇の視線を投げかける周囲に聞こえないような音量でそっと囁く。
「皇帝陛下はこの広間を監視しておいでだ。これ以上家名に泥を塗ることもあるまい」
「なっ……」
「去れ」
低い声で脅された痴漢公爵は腕を放され、ぶつぶつ言いながら会場から出ていった。
「あーあ」
あっさり逃がしちゃった。あれじゃまたいずれ同じことを繰り返すだろう。再起不能にしてやりたかったなあ……。
ため息をついた私にヴェルナー元帥が視線を移す。そのとき、会場の前方から父上が駆け寄ってきた。
「何をしているのだ、お前は」
怒気を孕んではいるけれど、周りを気にしてボリュームを抑えめにした声で言いながら私をにらむ父上。
「クローゼ閣下。もしやこちらはあなたの?」
ヴェルナー元帥に話しかけられると、父上は苦々しい顔でうなずく。