北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 深呼吸を何度もして息を整えてから、累にそっと近づく。ちゃんと胸が上下している。胸の上で指を組んでいるのがまぎらわしい。
 いつもなら起きててもリビングには来ないのに、どうして?
 答えは出なくても、目が、離せなかった。いっしょに暮していると、顔をじっと見つめる機会なんて、意外にない。
 累の特長はハチミツ色の瞳だと思っていたけど、まっすぐな鼻筋やシャープなあごのライン、薄く開いた口唇の意外なあどけなさを、飽きることなく眺められそうだ。
 いや、ダメ。買い物、行かなきゃ。
 力づくで視線をはがした先に、累の腹があった。Tシャツが少しめくれて、腰回りが露出している。凛乃はTシャツを指でつまんで引き下ろそうとして、やめた。
 その途中で起きたりしたら、わたしはただの“ヘソを勝手に触ってるひと”になってしまう!
 凛乃は音を立てずにあとずさりした。
「あいつ、そんなんでいままでどうやって生き延びてたんだろうね。ほとんど外に出ないでしょ」
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