北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 思い浮かべないようにしていたその言葉を脳裏に描いた瞬間、凛乃は苦痛に顔を歪めた。
「次の仕事が見つかるまで、養ってもらうかもー?」
 派遣契約の更新をしないと予告された年明け間もないあの日、へらへら笑いながら正志に言ってみた。
 本気じゃなかった。ひとりで受け止めるには重くて、落ち込みをまぎらせて、ちょっと甘えたかっただけ。その場限りのウソでも甘やかしてくれたら、未来があるかなって思っただけ。
 でも実際は、怒気をこめて拒否されただけだった。
「そんな勝手なこと言うなんて、オレの負担を考えてない」
 元カノの影をチラチラと感じていただけに、それで決定的に壊れてしまった。
 思い出していまだに苦しくなるのは、未練じゃない。悲しさが去ったあとは、なけなしの自負を根こそぎ足蹴にされた恨みを、正志のせいにしている。自分の力がそんな躓きにも及ばなかった現実が、いまだに凛乃の心を折ろうとしてくる。
「もっと働かなきゃいけないんです。そうしないと新しく部屋を借りられませんし」
「働く時間が増えるってことは、身体の負担も増える」
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