北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 丸まったアルマジロと化した塁に困ったのか、凛乃はしおれた声でもう一度「ごめんなさい」と言って、累になにかを差し出した。
「エアメール来てました」
 片目と片手を出してそれを受け取った累が文字に目を走らせるうちに、凛乃は立ちあがった。
「エアコンもったいないんで、中にどうぞ」
 累は誘われるまま、ガラス戸を閉めてリビングに戻った。猫探しの隙に屋内を侵食していた気怠い空気が、すぐに冷風に押されはじめた。
 潜るように身を沈めたソファの背もたれから座面にかけて、べろりと載せられているのは、あのタオルケットだ。寝ていたら上に掛けられるだけじゃなく、ときにソファカバーになったり、抱き枕になりもする。洗剤の香りが薄れたなと思うと、次に使うときはきれいに畳まれた洗いたてになっていた。
 ふと思い出したのは、靴職人が寝ているあいだに、靴を作っておいてくれる小人のお伽話だ。小人が仕事をしている姿は見てはいけない。見てしまうと、小人は二度と現れてくれなくなる。
 凛乃はキッチンでなにかしていた。流し台のまえにある室内窓を閉めているから、その姿はぼんやりとしか見えない。
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