北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 あ、願掛けしちゃった、と自分をいさめつつ、リビングに半身を向けて累と目を合わせないように軽く頭を下げる。
「では」
 玄関でパンプスに足を突っ込んでから、凛乃は盛大に溜息をついた。
 未経験の家政婦なんかを住み込みで働かせてくれるとこ、もう見つからないだろうな。
 期待を抱いていた反動で、押し寄せる絶望感に目頭が熱くなった。
 たぶんまだ、打つ手はある。最低限の家財はすでに最寄りのトランクルームに移した。しばらくマンガ喫茶にでも寝泊りすることはできる。仕事さえ見つかれば、立て直せる。
 でも面接が空振りだったくらいで次の手が考えられないほど、気力が削られていた。
 玄関ドアが閉まる音を背に、やたらに重く感じるビジネストートを両手で抱えて、凛乃はその場に立ち尽くした。中途半端な時間帯の住宅街に、人けはなかった。
 クビが決まってからも、仕事をこなすあいだは自分の最低限の価値にすがっていられた。でも退職してからは、ふたりの職場の中間点で借りた立派な築浅駅近マンションと、いままでと同等の稼ぎではもはや払いきれない家賃の、分不相応さを思い知った。
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