北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 最後の砦になる実家には、無職になったことすら言ってない。ただでさえ、今年ミソジに入るからって結婚しろしろうるさいのに、弱みを見せたら拘束されるに決まってる。拉致されてしまうかもしれない。
 今日まで自分で自分を養ってきた自負が、そのおかげで得たと思っていた選択の自由が、ささやかだけど好きな生活が、少しのほころびで崩壊する。ほんとはだれかによりかかりたい。でも頼ったらもう、自分の足で立つことはできそうにない。
 凛乃はうつむいたまま、ずるずると足を踏み出した。
「待って!」
 反射的にふりかえろうとした目が、足元に薄茶と黒と白の毛並みを見た。
 猫!? 踏んじゃう!?
 色褪せたインターロッキングブロックを踏もうとした足裏が、肉感とふわふわとを読み取る。
 出かかっていた涙がひっこんだ。そのついでに爪先が出なくて、上半身だけが前に進もうとして、身体がかしぐ。バッグを持つのに力をこめすぎていたから、手が出るのが遅い。
 転ぶ!
 顔が路面と平行になったとき、腰がぐっと固定された。ビジネストートにしがみついていた手の上に、ひとまわり大きな手が重なっている。
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