北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
   ◆
 Lのキーの上から、指が動かなかった。そんな手のことは放っておいて、累は椅子の背もたれに、どすんと背中を投げ出した。
 今夜は凛乃がいない。
 部屋にこもっていれば家の中に凛乃が居ようが居まいがわからないのに、凛乃が「いってきます」と声をかけて行ったから、いないことを知っている。
 時計の針は、深夜0時をまわろうとしていた。さっきから何度時間を確認しても、凛乃は帰らない。仕事はほとんど進んでいない。でも筋トレは、する気が起きない。
 凛乃が履いていたスカートのストライプが、目のまえにチラついていた。たぶん家政婦面接のときに着ていたのとおなじだ。今夜も面接なんだから、それはおかしなことじゃない。
 でもなにかが、累を落ちつかなくさせる。
 仕事をあきらめてヘッドフォンをはずすと、雨音が聞こえた。凛乃が好きな雷は鳴っていないけど、かなりの強さだった。
 休憩がてら階下に降りたとき、シューズボックスのうえにピンク色の折り畳み傘が残っているのに気付いた。なのに傘立てにあるビニール傘は、累が記憶している限り、減ってない。
 累は一度部屋に駆け戻ると、家のカギと傘だけ持って、夜のなかに歩み出した。
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