北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
「ごはんも住処も猫からかすめとってるんだから、当然ですよね」
 寄生虫なんかを、愛するひとはいない。
「だからわたしはノミじゃなくて猫にならなきゃいけないんですよ」
 おなじ猫なら、愛されるかもしれない。
「猫の背中で飛び跳ねて一生過ごしたくないんです」
 だってきっと、ノミと猫は目が合わない。
「凛乃はいまのままでいい」
 累の冷静な励ましの声が、耳を通り抜けてゆく。
 わたしはあなたと向き合いたいから、あなたの背中から飛び降りるんです。
 小野里邸が見えてきた。なぜか涙がにじみそうになって、凛乃は声をはりあげた。
「がんばろうとしてるのに、じゃましないでください」
 累の足が止まって、凛乃はそれを追い越した。家の主を置いてきぼりにして、玄関ポーチに飛び込む。
「にゃあ」
 そのときたしかに、猫の声がした。雨音より強く、乱れ狂った呼吸音より大きく、凛乃の耳に飛び込んできた。
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