北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
   ◆
 片口を探して、食器棚の扉や抽斗を次々と開ける。
 祖母が入院する直前の数日、重湯や薬を飲ませた片口を、処分した記憶はなかった。でも見当たらない。凛乃が捨てたかもしれないと少し思ったけど、断りもなくそんなことをするはずがない。
 大きく息を吐いた。ぜんぶ開けっ放しの食器棚に置いた手が、細かく震えていた。
 かつていろんな相手にそうしたように、淡々と世話をするだけだと思っていた。でも震えを自覚したとたん、それが全身に伝播した。
 ただの風邪か、軽い熱中症だ。でも命にかかわることもある。まだそこまで重症じゃない。
 思考もふらつく。累は冷蔵庫を叩いて、深呼吸した。
 棚の中にスポーツドリンクを常備しているのを思い出す。ストローなんて便利なものは見当たらない。冷却シートをなんとか探し出し、グラスと濡らしたタオルとを携えて、累は部屋に戻った。
 サイドチェストを引き寄せて持ってきたものを乗せると、凛乃が閉じていた目をうっすら開けた。潤む瞳から逃れて、累は凛乃の顔と首回りを拭き上げ、最後にタオルケットからはみ出していた足先をぬぐった。
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