北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
   ◆
 累の足音が遠くに消えたとたん、凛乃はベッドに倒れこんだ。まだ残るだるさと再び上がり始めたらしい熱で、身体が重い。
 部屋の静けさに、耳が真綿で覆われたように感じる。階下からもまったく物音がしない。この家に誰もいなくなったような気がして、ふいにゾクッとした。
 公私のけじめをつけるつもりでいて、家政婦を辞めるとまでは言わなかった自分を呪わずにいられない。家政婦じゃなくなったら見向きもされなくなるのが、とっさに怖くなってしまった。
 でもあの一言は、累の善意の全拒否ととらえられたにちがいない。
 累は凛乃の熱が下がるまでリビングで寝ると言ってきかなかった。あんなに頑なな累を初めて見た。怒らせてしまった。風邪が治ったとしても、これからどんな顔を突き合わせられるというのだろう。
 やっぱり、出ていくしかないよ。
 凛乃はごろりと横を向いた。
 目のまえに、ミニ冷蔵庫の側面に貼られた大きなメモ書きがある。浮遊感だけの夢の終わりに目覚めたときにはそれが、サイドチェストごとベッドわきにピタリと寄せられていた。
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