北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
『使ってください
 ・濡れタオル
・冷却シート
・麦茶
・水』
 暗い部屋でひとり、喉の渇きを覚えて肘をついて身体を起こして、ハッとした。スポーツドリンクのペットボトルだけは、枕元に置いてあった。キャップを開けた跡があって、中身も3分の1ほど減っていた。
 夢じゃなかったんだ。
 もっとほしいとせがむ気持ちが、とてもリアルだと思っていた。どうにかしてそれを伝えたいのに身体が動かなくて、苦しかった。身体の自由がきいていたら、欲しがるままに抱きついていたにちがいない。
 手の甲を目に押し付けて、乾いた口唇を噛む。
 キスじゃないのにときめいてしまったわたしは、もう家政婦としてダメだ。本物じゃないと言われて少なからず傷ついたわたしは、身勝手すぎる。
 もう隠せない。わたしは恋に落ちた。
< 209 / 233 >

この作品をシェア

pagetop