北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
   ◆
 日付が変わった。
 累は腹筋をとことん追い込んだあと、トレーニングベンチにあおむけに寝転がり、何度も深呼吸した。
 だいぶ痛めつけたから、あの大きなスーツケースを階下に下ろせないかもしれない。凛乃はあきらめるだろうか。いや、凛乃なら自分でなんとかしようとする。そして出ていく。
 壁の時計を見るたび、朝に近づいていた。凛乃が家を出る今日ができるだけ遅く始まればいいと思うのに、呼吸するだけで時間が進んでゆく。
 凛乃を行かせたくない。
 でももう、場所や条件の魅力だけでは引き止めておけなかった。邪魔なのは自分自身だと思うと、やりきれない。
 床のあたりを投げやりにまさぐって、転がっていたスクイズボトルを拾いあげた。キャップを指ではじいて口元に持っていきながら、上半身を起こす。
 ボトルの中身は、あのスポーツドリンクだった。以前から愛飲していたのに、いま口に含むと、妙に甘すぎてつらい。
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