北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 わたしはぜんぜん、わかっていなかったんだ。自分の気持ちを隠すのに必死すぎて、相手の気持ちを見る余裕がなかった。もしかしたら、累さんも。
 いまやっと、お互いの目の奥を、見ようとして見る。そらさずに、ごまかさずに。
「わたし猫じゃないです。いくら家が好きでも、どうでもいい人とは暮らせません。累さんを、好きでいていいですか?」
 累の手が、凛乃の両頬をやさしく挟みこんだ。
「それがここに居る理由になるなら、おれのこと、好きになって」
 顔が近づいてきて、凛乃は目を閉じた。
 あたたかい口唇が凛乃のそれをなぞっていく。味わうというより慎重に、感触と凛乃の反応を確かめている。凛乃は累の肩に手を這わせた。
 そっと口唇を離した累が、まだ不安そうに凛乃の目をのぞき込む。
「本物のキスはしてくれないんですか?」
 拗ねたふりで言った。累がふわりと笑った。息を吸う間もなく、深い深いキスが降ってきた。
 舌や口唇が溶け合うかと思うほど、何度も角度を変えてつながる。指が凛乃の目元や耳の輪郭を伝う。荒い呼吸と濡れた音にまみれて、凛乃はぎゅっと累に抱きついた。
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