北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 詰め寄りたいくらいのギャップに、眩暈が止まらない。似合っている。襟を立ててネクタイを通すしぐさも見栄えがする。でも身体に合ってなさすぎる。ジャケットを羽織ると、二の腕や背中がおいしそうなウインナーみたいにぱつぱつしている。よく見れば、流行のラインでもない。
「いつ買ったスーツですか」
 思わずツッコむように訊いていた。
「さぁ……たぶん7、8年前?」
 前のボタンを締めるのをあきらめて、累はジャケットを脱いだ。
「今日も暑くなりそうですし、脱げるときは脱いでおけばいいと思いますよ」
 援護すると、累はうなずいて腕にジャケットをかけた。シューズボックスから出てきた革靴の曇り具合を見て、凛乃は「ちょっと待ってください」と身をひるがえした。
 廊下の荷物の中から古新聞を引きちぎり、ハンカチみたいに手にはさんで累から革靴を取り上げる。
「応急処置ですから、帰宅されてから磨きなおします。靴磨きありますよね?」
「たぶん……。ありがとう」
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