北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
 そんなわたしだから、突然他人の家で暮らしはじめて、他人のために得意でもない家事をする。
 もう抵抗感が薄れてきているのは、不思議なことじゃないのかもしれない。
 昨日の夕食後、あえて夜中にする仕事もなく、時間をつぶせるテレビもなく、凛乃は納戸にこもってスーツケースをひろげた。新婚旅行に使おう♪と思って買った大きめスーツケースの半分以上は、蕎麦殻枕と厚みのあるパイル地シーツ、薄い肌掛け布団。残りは化粧道具、各種充電器、最低限の着替え。プライベートな雰囲気を極力見せたくなくて、パジャマは持ってこなかった。
 Tシャツとヨガパンツを持ってシャワーに向かったときも、戸締りを確認して納戸に戻ってきたときも、累の部屋からは物音一つしなかった。でも廊下の灯りを消すと、ドアの隙間からは光が漏れていた。
 バスルームやトイレは、ほかの部屋の混沌ぶりからは信じられないくらい、清潔に保たれていた。「風呂場とトイレの掃除は子供のときからおれの仕事」と、累はこれからも役割を全うする気でいる。凛乃は自分が使ったあとに、全力でその痕跡を消すだけでいい。
 もともとはちゃんと独りで生活をしていたのだと察しが付くと、信頼感も湧いた。
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