離婚を申し出た政略妻は、キャリア官僚の独占愛に甘く溶かされそうです
「……わかりました」
常務は私の返事に優しく頷くと、くるりと背を向けエレベーターホールへと向かって行った。
突然すぎてどうしたらいいのかわからない。入社以来ずっと受付の仕事に就いて今までやってきたから、他の仕事をすることがなんとなく億劫に感じられるし……。
とぼとぼ向かった更衣室にはまだ雨音さんがいて、私の浮かない顔を見て苦笑した。
「スカウトされたんでしょう、常務の秘書に」
「雨音さん、どうして?」
さっきの場にはいなかったはずなのに、まるで見ていたような口ぶりだ。
「数日前、私も専務に同じことを言われたの。受付はなくなるから、自分のところで秘書として働かないかって」
専務というのは社長の息子で、天馬一族の御曹司。まだ二十代後半ということもあり若々しいイケメンだが、傍若無人な振舞いと女癖の悪さで有名で、あまりいい噂を聞かない。
経営陣は天馬親子派と、同族でない副社長・常務派でたびたび対立し、溝を深めているらしい。
経営のことはわからないからなんとも言えないけれど、率直に言って、人間的に尊敬できない専務の秘書なんて私だったら嫌だ。