人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「慣れているな」

 療養所を後にしてからも考え込むように黙っていたアリアに、ロイは声をかける。
 療養所でじっと観察したあと、アリアは医師の許可を得て同席し、患者と言葉を交わしながら清拭や包帯の取り替えを手伝った。その様子は手慣れていて、手際の良さに医師や世話人が関心するほどだった。

「キルリアでは、上流階級の貴族子女であっても当たり前に孤児院にも療養施設にもボランティアに赴きますし、王家の人間であっても本人の希望と適性に基づいて仕事につくのが当たり前でしたから」

 魔剣に選ばれたアリアが、幼くして戦場に出されたように、キルリアでは誰しもが職を手にしていた。
 そして、その当たり前はこの帝国では通じない。それは充分承知している。

「殿下、お願いがあります」

 アリアは真っ直ぐにロイの目を見て、声を張る。

「あの方たちや同じ症状だった人たちの記録、私に見せて頂くことはできませんか?」

 あと1年もすれば聖女ヒナの癒しの力で治せるかもしれない。けれど、実際に対峙してみてそれまで相手が持つとも限らないと感じたアリアはどうしても何か自分にできる事を見つけたかった。

「私には、ただ一人だけに与えられるような奇跡みたいな力はありません」

 アリアは魔剣に選ばれ、特殊な魔力を持っている。でも、ヒナのように圧倒的な力で世界を救う事はできない。

「私では、殿下の期待には応えられないかもしれません」

 アリアはここに来る直前にロイに渡されたフリージアの花を思い出す。渡されたその花言葉を好意的に解釈する事が許されるなら『期待』であればと願ってしまう。

「それでも、私はっ!」

 力が欲しい。
 物語に存在を消されないだけの力が。
 世界を救いたいだなんて思わない。けれど、せめてこの手に触れる(アリア)を大事に思ってくれる誰かを全部守れるくらい、強くあれる力が。

「強く、なりたい」

 アリアの想いに耳を傾けたロイは、厳しく冷たい琥珀色の瞳を向ける。

「この前の狩猟大会で分かったと思うが、女の身で表舞台に立つという事は、我がリベール帝国では、茨の道だ。誰にも望まれず、要らぬ中傷を買い、最悪その身を害される」

 それでも立ち続けられるか? と琥珀色の瞳がアリアにその覚悟を問う。
 アリアは淡いピンク色の瞳で、ふっと表情を崩して笑う。

『イバラ』

 どうも自分はその言葉と縁があるらしい。
 アリアはロイに傅くと一国の姫ではなく騎士としての最敬礼をしてみせる。

「私、アリア・ティ・キルリアはあなたの妻にはなれません。帝国で求められる淑女の代表たる姿をした皇太子妃を務めることもできません。ですが、あなたを主とし、私の持てる全てを賭して、剣となり盾となることを誓います」

 頭を垂れるアリアの頭上にふっと笑う柔らかい声が落ちてくる。

「顔を上げなさい、アリア」

 声に従い顔を上げると、どの人生でもアリアが見た事がない顔で、ロイは優しく笑っていた。

「今まで散々女性から口説かれてきたけれど、今日のが一番心が惹かれたな」

 傅いたままだったアリアの手を引き、ロイは立ち上がらせる。

「アリア、君は騎士だったのか」

 ロイの笑顔に目を見開くアリアに、ロイは言葉を続ける。

「君の決意は受け取った。許そう。皇太子妃は皇太子妃で空席にするわけにはいかないから、対外的にはそのまま座ってもらう必要があるけどね」

 ロイはアリアのシャンパンゴールドの髪を掬い、そこに口付ける。

「ちょうど動ける駒が欲しかった。アリアから言い出してくれるなら願ってもない。俺の元で存分に暴れるといい」

 女性が決して重要な役につけないリベール帝国で、力を欲するアリアを許すという。やけにあっさり許可されたなと思考を巡らせたアリアは、満足気な琥珀色の瞳を見て、

「……誘導しました? もしや殿下のシナリオ通りですか?」

 と9割確信した声で尋ねる。

「さて、どうだと思う?」

 なお満足気に、そして揶揄うようにそう言葉を紡ぐロイにため息をついて、いつか足元掬ってやるとアリアは内心で反抗的につぶやいた。
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