まだ誰も知らない恋を始めよう
 暮れゆく夕空を眺めて、同じように黄昏ている自分を叱咤していると、ノックする音が聞こえた。
 ドアに歩み寄り、内側から1回叩き返すと、サミュエルだった。



「お目覚めされていて、安心致しました。
 ご心配されていた奥様には報告しておきます。
 ご夕食前に、何かお召し上がりになられますか?」

 
 きっと朝から何度も覗きに来てくれていたんだろうな。
 見えない俺だから、体調を崩していても分からないだろうし、母にもサミュエルにも心配をかけて悪かったな。


 招き入れたサミュエルは向こうを見ながら俺に話しかけているが、俺はまだドアの前にいたので、ドアを2回叩き、断った。

 それに気付いたサミュエルは、こちらを振り返った。
 見事なくらい慌てず騒がず、いつも冷静な男だ。


「では、旦那様が書斎まで来るように、と仰せです」


   ◇◇◇


 今日は帰りがいつもより早いなと思いながら、サミュエルに続いて書斎へ入ると、母は居なくて、父だけが俺を待っていた。

 俺はその向かいに座って、サミュエルが2人分のお茶を淹れ、テーブルにサンドイッチをサーブするのを見ていた。
 断られたけれど用意しましたから、黙って食べろ、って感じだ。
 サミュエルは俺の言う事に一旦は頷くが、それが通った試しは無い。
 

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