まだ誰も知らない恋を始めよう
◇◇◇
ロジャーは後頭部を切っていて、少し出血していた。
その他にも、着用していたタキシードの背面部分が飛んだ破片で何箇所も切れていた。
ご両親のアボット夫妻はまだ到着しておらず、ご自宅に電話を掛けても、既に出られた直後だった。
出血は止まったが、侍医を呼び付けるより、頭部の怪我なので救急病院へ向かった方が早い、と至急に車が用意されて、ステラが付き添う事になった。
本館からの移動車を待つ間、ステラから渡されたハンカチに滲んだ自分の血を見たロジャーが、ゆっくりと頭を上げ、わたしに視線を送ってきたが、さっきまでのギラギラした暗い熱は消えていて、何だか別人のようだ。
「……すみません、ダニエルさん、俺は、君に何て事を。
……ごめんなさい、本当にすみません……」
その謝罪は、わたしに怒りをぶつけた事を誤魔化そうとしてとかではなく、自分でもとんでもない真似をしてしまった、と今になって理解したように見えた。
多分、ロジャーは心にもない事を口にしたのではなくて、本来の彼ならば、決して表には出さない本音を露わにしてしまったのだろう。
……まるで誰かにそうするよう仕向けられてしまったかのように。
そう想像すれば、何故わたしに彼の悪意が読み取れなかったのか、分かった気がした。
ロジャーは後頭部を切っていて、少し出血していた。
その他にも、着用していたタキシードの背面部分が飛んだ破片で何箇所も切れていた。
ご両親のアボット夫妻はまだ到着しておらず、ご自宅に電話を掛けても、既に出られた直後だった。
出血は止まったが、侍医を呼び付けるより、頭部の怪我なので救急病院へ向かった方が早い、と至急に車が用意されて、ステラが付き添う事になった。
本館からの移動車を待つ間、ステラから渡されたハンカチに滲んだ自分の血を見たロジャーが、ゆっくりと頭を上げ、わたしに視線を送ってきたが、さっきまでのギラギラした暗い熱は消えていて、何だか別人のようだ。
「……すみません、ダニエルさん、俺は、君に何て事を。
……ごめんなさい、本当にすみません……」
その謝罪は、わたしに怒りをぶつけた事を誤魔化そうとしてとかではなく、自分でもとんでもない真似をしてしまった、と今になって理解したように見えた。
多分、ロジャーは心にもない事を口にしたのではなくて、本来の彼ならば、決して表には出さない本音を露わにしてしまったのだろう。
……まるで誰かにそうするよう仕向けられてしまったかのように。
そう想像すれば、何故わたしに彼の悪意が読み取れなかったのか、分かった気がした。