まだ誰も知らない恋を始めよう
 メイトリクスが背中を向けて、祖父の手から側に控えていたベッキーさんの手に首飾りが渡ったと思った瞬間。
 直ぐ様、ベッキーさんによってチョーカーは奴の首に回り、ひたと吸い付いた。

 
 もし、このカレラが本物なら、その魔法は起動しないはずだった。
 奴の首に回された祖母のチョーカーに、正体顕現の魔法を掛けると、ベッキーさんが事前に教えてくれた。

 魔法士が掛けた魔法は本人にしか解術出来ないので、メイトリクスが自身に掛けた変身魔法の解除ではなく、正体を現す魔法で上書きすると言っていたが、それを目の前で見ることになった。
 


「ぎゃあ! あぁあー! あっ、あっ……」

 喉を掻きむしり、叔母の姿をしたメイトリクスが転げ回る。
 徐々に己の首を締め付ける首飾りを外そうとしても、指は弾かれ、あらぬ方向へ曲げられる。
 首を絞められ、指を折られる痛みと恐怖で、奴の全身に震えが走る。
 もう呼吸もし辛いのだろう、叫び声は途切れて、酸素を求めて涎を垂らした口は半開きになり、白目を剥き始めた。 


「おい、これ以上抵抗するなら、次は身体中の骨を砕くぞ」

 俺達が知っているよりも数段低い声で、ベッキーさんが奴を脅す。


 目の前で繰り広げられた、惨状に。
 これは娘ではない、愛する娘を殺めた男だと理解していても、叔母の姿で苦しむのを見ていられないのか、祖父は立ち上がって後退りながら距離を取る。

 そんな祖父とは反対に肝が据わったのか、父は暴れる奴を押さえつけようと近寄り、ベッキーさんの手がそれを止めようとしているのが見えた。

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