まだ誰も知らない恋を始めよう
 兄からこんな厳しい表情を向けられたのは、初めてだ。
 兄の能力は、その対象人物の全ての過去が見える訳じゃない。
 対象者が兄と対峙したその時に、頭に浮かべた邪な考えと、そこにたどり着く前の因果関係が見えるのだ。


 つまり、わたしはフィニアスが大学の話をしだしたので焦って、兄を騙していたと知られたくないと考え、それが兄に見えた。
『嘘をついた事』は邪悪なものだからだ。

 わたしが瞬時に頭に思い浮かべた女の姿を兄は見た。
 3年掛けて、兄が『見える能力』以外の物的な不正の証拠を入手するために部下になった、外務省事務官のドナルド・シーバス。
 その妻が、王都大史学部教授のアイリーン・シーバスだった。


「3年も掛かってるのに、疑り深くて慎重なドナルドの物的証拠が掴めない。
 そんな情けない兄貴を手伝おうとしたのか」

 兄の声は怒っていると言うより悲しげで、罪悪感に胸が潰れる。
 兄を情けないなんて思っていない。
 潜入捜査に時間が掛かるのは知っている。
 犯罪者は簡単には人を信用しないからだ。
 わたしはもっと自分本位の考えで……


「……わたしの能力を、お父さんと兄さんに認めて貰いたかった。
 だからなの、兄さんがドナルド・シーバスに付くと知って、彼を調べて、妻のアイリーンの事も知って。
 夫よりも怪しい彼女の罪を暴こうと」

「……」
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