まだ誰も知らない恋を始めよう
 それはまだ、大学受験前。
 事前に対象者ドナルド・シーバスの資料を渡されていた兄が、怒りを抱えていたのを感じたわたしは、彼の妻が王都大の史学部に居ると知って、彼女に近付きたくて受験先を経済学部から変更した。

 歴史は得意だったから高校の成績は良かったし、入試選抜の提出レポートもそれなりに書けて、どうにか奨学金制度試験も合格して。
 3年間成績を維持して、雑用係として気に入って貰って。
 来年度には1番人気のアイリーンのゼミ生になれるところまで来たんだ。
 ここまで来て、簡単には引き下がれない。


 無言で睨み合うわたし達に挟まれて、身の置き所が無さそうに見えたフィニアスが、
「あのさ、全く無関係の俺が口出しするのは申し訳ないけど」と言い出して。
 その気の抜けた口調に、少しピリピリした空気が緩んだ。


「史学部のシーバス教授はうちの大学じゃ、いわゆるスター教授だろ?
 彼女の罪って何?」
 
 フィニアス本人が言う通り、彼には全く無関係の話なのに、何故だろう。
 彼が持つ、刺々しさの無い独特の雰囲気からなのか。
 ここで間を取り持つように、口を挟んできたのはわざとかもしれない。
 兄も緊張を解いて、肩をすくめている。
 これは話してもいい、と言うことかも。
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