内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「コーヒーでいいか?」
「はい」
「今、準備するから座って待っていてくれ」
「ありがとうございます」
蒼佑は椅子から立ち上がると、執務室の片隅にあるコーヒーマシンを操作した。
コーヒーを淹れてもらっている間、藍里はデスクの前にある応接セットに腰掛け、執務室の中をあちこち見回した。
以前にも執務室に入ったことはあったが、こんなに長居するのは初めてだ。
執務室の本棚にはずらりと難しそうな経営学のタイトルが並んでいる。彼の趣味なのか画集や、建築雑誌も多い。
応接セットの奥にはもうひとつ扉があった。おそらく蒼佑が普段寝起きしている仮眠室だろう。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
テーブルにコーヒーとカステラが届けられると、藍里はコーヒーを啜り、切り分けてもらった美味しそうなカステラを口に運んだ。
蒼佑は反対側のソファに座り、そんな藍里の様子をテーブル越しにそっと眺めている。
(なんだか緊張しちゃう……)
蒼佑に見つめられていると、動きがぎこちなくなり、うまく息ができない。ソワソワして落ち着かず、自分が自分でなくなってしまいそう。
(早くコレクションルームに戻ろう)
藍里が決意したちょうどそのとき、突然蒼佑のスマホが鳴った。
蒼佑はスマホを見るなり軽く目くばせしてから、藍里に背を向けるようにして電話をとった。