内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
『ハロー』
流暢な英語が、彼の口から次々発せられる。どうやら仕事の電話みたいだ。
(すぐ終わるかな?)
ところが、藍里の予想に反して、電話は一向に終わらない。
蒼佑はスマホを左耳に当てたまま、手もとのタブレットを何度も操作し、何事かを議論している。
カステラを食べ終わると、藍里はすぐに手持ち無沙汰になった。
(邪魔しないように、こっそり戻ろう)
ソファからゆっくり立ち上がり、足音を立てぬよう慎重に壁際まで歩く。
そのまま壁伝いに廊下へ出ようと試みたとき、仮眠室の扉に手がかかる。半開きになった扉から思いもよらぬものがチラと見え、藍里は思わず足を止めた。
(まさか……)
期待と興奮でやたらと心臓の音がうるさい。さらに力を加えたら、扉は簡単に開いた。
「う、そ……」
藍里はその場に立ち尽くし、息を呑んだ。
(信じられない)
シングルサイズのベッドと間接照明しかない小狭い空間に、唯一色彩をもたらすのは一枚の絵画。
――仮眠室には渚の母娘が飾られていた。
よく似た別物である可能性もゼロではないが、藍里の五感は目の前の絵が本物だと訴えている。