内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
4.5.愛しい家族
(行ってしまったな)
生々しく残る唇の感触と芳しい残り香に、蒼佑はひとり感傷に浸っていた。
それでも、スマホの通知を見て弾かれるようにして去って行った妻を追いかけるような野暮な真似はしない。
先ほどまで腕の中にいたと思ったら、いつの間にかスルリといなくなってしまう。
藍里はフィレンツェの夏空より気まぐれな女性だ。
(変わらないな)
蒼佑はクックと込み上げてくる笑い声を噛み締めた。
悪戯に喜ばせておいてからの、この仕打ちには誰もが同情するだろう。
(今はこれでいい)
積年の想いを告げると藍里は『同じ気持ちだった』と言って、口づけに応えてくれた。
有頂天になり、込み上げてくる熱い想いそのままに、彼女の唇を堪能した。
それだけで蒼佑にとっては充分だった。
「この絵のおかげだな……」
藍里の本心を引き出せたのは、譲ってもらった渚の母娘の絵のおかげだ。感謝してもしきれない。
離れていた時間が長かったからこそ、藍里の本心がずっと知りたくてたまらなかった。
蒼佑が昔と変わらず藍里に惹かれる一方、藍里から便宜上の結婚相手としか思われていないのではと、どうしても自信が持てずにいた。
想いが成就したのは、毎日この絵を眺めながら願い続けていた結果だろう。
「ありがとう」
蒼佑は壁に飾ってある渚の母娘の絵に改めて感謝を伝えた。