内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
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蒼佑の職場は、ミスミビルディングが十年前に建設したビル型複合施設『ミスミヒルズ』の四十八階だ。
都心のビル群を眼下に収められる光景は素晴らしいが、今はそれどころではない。
(早く家に帰りたい)
今朝の藍里の様子を思い出した蒼佑は、出社したばかりだというのに不真面目なことばかり考えていた。
早く帰宅したいと思うのは初めてかもしれない。
結婚する前は仕事が第一だったのに、変わるものだなと自分でも思う。
しかし、そう弛んでばかりでもいられない。
目下の蒼佑の仕事は三か月後に迫った三角美術館のリニューアルオープンの準備である。
三角美術館の経営は、年々悪化の一途をたどり、早期の黒字化と周辺地域の活性化は急務とされていた。
そこで蒼佑が提案したのが、美術館の大規模なリニューアル工事だった。
当然、父をはじめとする役員たちは工事に反対だった。
すでに赤字になっている美術館事業にさらに金をつぎ込んでも、採算が取れる見込みは薄く、博打にしかならない。
しかし、蒼佑にはある種の確信があった。