内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「どうしよう……。絵が! 渚の母娘の絵がまだ中に!」
渚の母娘の絵は、蒼佑の執務室に飾られたままだ。執務室まで火災が広がれば、たちまち燃えてしまう。
「戻らなきゃ!」
「藍里っ!」
血相を変えて走りだそうとする藍里を、蒼佑はその場に留まらせるために羽交い絞めにした。
「放してください!」
焦燥感に駆られた藍里は、拘束から逃れようとジタバタと必死になってもがいた。
「行かせられるわけないだろう!」
怒気を孕んだ声で怒鳴りつけられると、恐怖で身体が怯んだ。
璃子がどれだけやんちゃをしようと、蒼佑は一度だって声を荒らげたことなどないのに。
「絵は俺が取りに行く。藍里はここで璃子と待っているんだ」
聞き返す間もなく、蒼佑はジャケットを噴水の水を頭から被ると、藍里の代わりに屋敷へと駆け出していった。
「蒼佑さん!」
蒼佑の姿はあっという間に煙にまかれて見えなくなる。
藍里はすぐに恐ろしくなった。逆の立場になって初めて、自分がなんと愚かだったのか思い知る。
(どうしようっ! 私が馬鹿なことをしようとしたばっかりに……!)
もし蒼佑になにかあったら自分のせいだと、今にも泣きだしそうになる。
「奥様っ! あれ!」
小牧が指差した方を眺めると、夜の闇の中に赤色灯がいくつも浮かんでいた。
けたたましいサイレンとともに消防車が到着するやいなや、藍里は消防隊員に訴えた。