内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「昔、お父さんが私に話してくれた。大空を駆ける鷹の絵は子供の頃、叔父さんとこっそり家を抜け出したときに夜明けの森で見た鷹をモチーフにしているって。お父さんの絵の中には叔父さんの思い出だってあるのに、どうして『たかが絵』なんて言えるのよ!」
藍里がそう訴えると、譲治はカッと大きく目を見開き、すぐさま反論した。
「そんなの嘘だ! 兄さんは俺のことなんか……」
「藍里、もういい。それくらいにしておけ」
「だって……」
「海老原さん、彼女が言っていることは本当ですよ。俺も海老原画伯のインタビュー記事を読んだことがありますから」
蒼佑は途中で咳き込みつつも、藍里の言いたいことを援護してくれた。
「大空を駆ける鷹の絵の売買契約は既に成立しています。所有権のないあなたが、藍里の許可なく絵を売り、俺を騙したことは罪に問いません」
断罪された譲治はうぐっと呻き、押し黙った。
「ですから約束してください。藍里のためにも、絵を売るのをやめると。彼女にとって、海老原画伯の絵はかけがえのないものです」
蒼佑から諭された譲治の身体が、みるみるうちに小さくなっていくように感じる。
絵の中に散りばめられた兄弟の思い出の欠片に、譲治はなにを思いなにを考えるのだろう。
「行こう、藍里」
蒼佑はソファで横になっている璃子を抱き上げると、そのままロビーを出て病院をあとにした。