内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「んっ! 美味しい!」
「そうだろう?」
藍里の好みをたしかめつつ蒼佑が頼んでくれた焼き立てのピッツァは絶品だった。トリッパと呼ばれる牛の内臓の煮込み料理も臭みがなくて食べやすい。
一緒にオーダーしたワインとの相性も抜群で、自然と食とお酒が進む。
普段はお酒なんてたしなむ程度の量しか飲まない藍里だったが今宵はひと味違う。
息苦しい日常からの解放感とあいまって、次第に気分が高揚していく。
「こんなに楽しい食事はフィレンツェに来てから初めてです」
「滞在中、誰とも食事をしなかったのか? 同僚たちと一緒だったんだろう?」
「するにはしたんですけど、全然味がしなくて。実は最近、職場では浮いていて……」
ワインで気が大きくなったせいなのか、話さなくていいことまで口を滑らせてしまう。お酒の勢いも手伝って、愚痴がとまらなくなる。
「もう、いっそのこと転職した方がいいのかなって……」
思わずアハハと乾いた笑いが漏れ出る。
藍里としては半分本気、半分冗談のつもりだった。
身近に相談できる人がいないせいで鬱屈していたものが、たまりにたまっていたのかもしれない。
さらりと聞き流してもらえればよかったのに、蒼佑は思いのほか、重く受け止めてくれた。
「本気で言っているのか?」
「え?」
「辞めるなんてもったいない。藍里は美術品が本当に好きなんだろう? 知り合って間もないけれど、それぐらい俺にもわかるよ」
真剣な眼差しに藍里は無意識のうちに、食事の手を止め押し黙った。